漫画家:市川春子

市川春子について。

漫画家。2006年にアフタヌーン四季賞の四季大賞を受賞してデビュー。
その後、単行本『虫と歌』(手塚治虫文化賞新生賞受賞)『25時のバカンス』などを出して、『宝石の国』という長期連載をスタート。

宝石の国(1) (アフタヌーンKC)
市川 春子
講談社 (2013-07-23)


漫画家・浦沢直樹がとある対談で語っていた漫画を描くことのイメージが素敵だった。それは「水を両手で掬って(スクって)、それが溢れないように運ぶ」というひとつのイメージ。これは、浦沢直樹の脳内に思い浮かんだ光景(イメージ)を 他者に伝えるときの喩え話。相手に伝えることで、こぼれ落ちてしまう大事なモノたち。共有できないモノ。それでも伝えたい「何か」。僕が(広い意味での) 芸術家たちを尊敬するのは、彼らを「かっこいい」と思うのは、たとえ伝わらないとしてもそれでもどうにかして伝えたい!と必死になるほどの信念や美学を持っているところ。そして、絵を描き、音を鳴らし、詩を歌い、映像を撮り、試行錯誤を繰り返して、どうにかして“自分”という核心を、人々に、この世界に、発信しようと努力をしているところ。それは世界と自分との間にあるギャップ(差異)を埋めるためのコミュニケーション。

 近頃、チャリ漫画『弱虫ペダル』だったり落語漫画『昭和元禄落語心中』だったりと、マイナーな分野を漫画にして、そしてこれがなかなかおもしろいと思える作品が増えていたりと、なんだかマンガ業界がにわかに(僕の中で)盛り上がっている。その中でも、『虫の歌』『宝石の国』の作者・市川春子さんを紹介したい。不思議な感覚というか、素敵な興味関心を持っている漫画家さんで、それに対して自覚的であり、その不思議な感覚を上手く「漫画」によって作品にしている。市川春子の作品『虫と歌』『25時のバカンス』『宝石の国』では、「虫」「海の生物」「宝石」が作品の中で描かれている。それらは擬人化であったり、「人じゃないモノ」と人との交流であったり、取り込み方は様々。

 

水の石で、「水石」です。床の間とか、家の庭によく石が置いてあるじゃないですか。あれって石を山に見立てたり、滝に見立てたりしているんです。美しい曲線を描く石を探してきて、野ざらしにしてときどき水をかけたりしていると、ちょっと表面の色が変化して、こなれてくる。それを見ながらいろいろ妄想するという、おそろしい世界です。(中略)とりあえず、川で拾った石を育てるようなことを始めたところです。今私の手元にあるのはこれくらいですね(10センチ四方くらいに手を広げて)。ルールがあって、石に加工しちゃいけないんですよ。拾ってきた石を見て、ただひたすら妄想するんです。この石が世界だったら、私はここら辺に住む……とか。by市川春子

 

 たとえば、上の引用のような言葉。「水石」という遊び。茶の湯のように(というか、そのまんま?)想像力を遊ばせる楽しみ方があるようなのだけど、その「石」に対する感覚と、市川春子が漫画の中で描く虫や海の生物、鉱物などに向ける眼差し(物事の捉え方)がとても似ていて、「ああ、この人の興味関心は、ここだったんだ」と妙な納得感があった。

 

まず、みんながみんな鉱物に興味があるわけではないということは私もわかっていまして(笑)。by市川春子

 

 一方で、多くの人にとって、「鉱物」に対する興味ってそんなに高くない。もっと言っちゃえば、社会にとって、市川春子さんが『虫と歌』や『25時のバカンス』で描いた虫や海の生物などの「人じゃないモノ」への興味、もっともっと言っちゃえば、市川春子さんがそういうモノに向ける眼差しについてなんてもうまったく興味がないわけです。それでも、『虫の歌』は受賞を果たした。「漫画」という方法を使って。

 自分にとっての「核心」たる興味関心や好き嫌いを、社会との接点を持ちえるようにする手段として、「漫画」っておもしろい。なぜなら、自分の核心を表現する上で、「漫画」は、物語としてのおもしろさ(ストーリー)と、絵としての上手さ(ヴィジュアル)の2つが必要だから(アニメはここに音(サウンド)が加わるので、それもそれで魅力的)おもしろいあるいは感動的なストーリーじゃないと他人は読まないし、下手な絵や構図だと上手く物語の様子を伝えられないし見向きもされないから、そこには努力が必要で。例えば、『宝石の国』だったら、鉱物の特徴を、登場人物の性格と連動させる。そして、その登場人物たちによる手に汗握る戦闘シーンや人間関係(普遍的なテーマ)によって人々を惹き寄せる。結果として、市川春子さんの興味関心=鉱物が、社会との接点を持つことができた。 

 

市川春子『宝石の国』 元ネタ宝石一覧

 

 つまり、市川春子さんは『虫と歌』でも『25時のバカンス』でも『宝石の国』でも、ストーリーとして、親子愛や兄弟愛などの「自分とあなた」を描く。これは普遍的なテーマだし誰にとっても感じ得るテーマだから、どうしたって社会との接点を持ちえる。その上で、ストーリーの軸として、虫や海の生物などの「人じゃないモノ」の擬人化が登場する。それは「子どもの頃から虫とか好きだった」と語る市川春子さんらしさがにじみ出る素敵なチョイスだし、それによって、「他人とのディスコミュニケーション」をイメージさせるのはものすごくトリッキー。好きなモノ(自分の核心)を、人々の興味を引くための手段として作品と連動させたのが、すごく上手いし、表現として素晴らしいし、単純にすごいし、(芸術というモノは)そうであってほしい。

 

 市川春子さんの漫画のオススメポイントは、ところところで登場するやたらめったら詳しい虫や海の生物などに関する解説。この解説に、虫や海の生物に対するむちゃくちゃな愛を感じるのです。カミキリムシの擬人化くんが寝ている様子を描いて「花が好物なのに夜行性…設計ミスだろ」という台詞を言わせるシーンや、「確かに」という言葉を喋ったカミキリムシに対して登場人物が感動して涙を流し、「それはオーバーなんじゃないのー?」と言われ、「だって形容動詞だぜ!?」と言わせるシーンなど、「いや、知らねえよ(笑)」と思うんだけど(形容動詞を喋ることが嬉し泣くほどなんて知らねえよの意)、そこにむちゃくちゃなこだわりというか、愛を感じるわけで、「何かに対して強い興味関心や好き嫌いを抱くヒトやコト」への僕の個人的な快感原則があるわけです。何言うてるかわからんけどすっごくこだわってることだけは伝わってきた感、が僕は大好き。

 

 ちなみに「日下兄妹」という『虫と歌』に収録されてる話が、むちゃくちゃ集大成感ある。ネタバレするとアレなんで詳しく書けないですけど、「ヒトじゃないモノ」に対する市川春子さんの眼差しやストーリーとしての兄弟愛(他人愛?)、そしておそらく人体へのフェティシズム等々、市川春子好み全開。「わからないことが一番好き」という市川春子さんの「好き」が、さまざまに散りばめられて、漫画ならではの手法「何も言わずに絵で語る」ことによって、むちゃくちゃ切なくも美しい話になっている。

 市川春子さんは素敵な芸術家だ。

 

知ってるか
この宇宙の中で人間に見えてる物質は わずか5%で
残りの23%は光を作らず反射もしない物質で
あとの72%はもっと得体の知れないものだって
だから 世界の95%はわかってないんだと

(『虫と歌』収録「日下兄妹」より)

 

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