『クラタス』鍛冶屋:倉田光吾郎

倉田光吾郎について。

鍛冶屋。『クラタス』という巨大ロボットを作った『水道橋重工』のひとり。

『1/1スコープドッグ』の製作工程を自身のサイト「なんでも作るよ。」で紹介したことで有名になった。他にも、高炉モニュメントや『カストロール1号』を作るなど、その制作範囲は広い。

http://suidobashijuko.jp/images/gallery_pic_07.jpg

水道橋重工 | Suidobashi Heavy Industryより)

 「巨大ロボット」というロマン。少年ならば、誰もが憧れる存在にちがいない。

 子どもの頃、多くの男子諸君が夢を見て、結局は子どもの夢としてたち消えたその重厚な機械群。ウィーンという駆動音を出しながら、ガシャンガシャンと金属音を打ち鳴らす。一歩を踏み出すたびに地響きのように大地が揺れる。そんな巨大ロボットに搭乗し、凶悪な殺戮ロボットと対峙する少年たち。それはきっと大切な人を守るために。

 巨大ロボット『クラタス』を作り出した倉田光吾郎さんの「見たい世界」は、「お金を払ったらアニメに出てくるようなロボットが買える世界であり、それを日本が作って、日本発のロボット時代を到来させるんだ!」ということ。そのために、巨大ロボットは個人でも作れるんだと示すべく制作の様子を公開したり、amazonでも注文できるようにしたり。Amazon.co.jp: クラタス スターターキット: ホビー:現在は在庫切れ)

 「誰でも巨大ロボットに乗れる世界」というイメージを他人に伝えるためには、相応の技術や努力が必要だ。やりたい!という感情だけでは伝わらない。人間ならではの知識や技術が求められる。倉田光吾郎さんの場合、その技術とは「西洋鍛冶」だ。彼は元々、鍛冶屋なのである。

 で、実はこの「西洋鍛冶」というものがめちゃくちゃおもしろい。

 てっきり倉田さんはロボットロボットしている方なのかなーと最初は思っていて、「巨大ロボット作っちゃうのすごい!素敵!」でこのエントリも終わる予定だったのですが、完全に予定変更しちゃいます。倉田さんはポケモンでいえば、鉄タイプだし、ジョブでいえば、鍛冶屋のようです。ぶっちゃけ、そっちの方もだいぶオモシロイ(おい)

だって、こういうの作っちゃったり。鉄で。

IRON WORK – TRANFER – ギャラリー

こういうの作っちゃったり。

IRON WORK – TRANFER – ギャラリー

とか、完全に鉄の人。アイアンマンですよ。

 倉田さんのホームページで、鉄の鍛造の流れみたいなのが丁寧に載っているんだけど、それがむちゃくちゃかっこいい。今更だけど、そういや鉄を使ったモノづくりもあるんだなーと感心した次第であります。鉄を熱して成形しやすくして、叩いて伸ばして捻って、あれやこれやで鉄の棒をひとつの作品にするという芸術。鍛冶屋っていう響きがそもそもかっこいいし。

めっちゃわかりやすいので、鍛冶屋に興味ある方はぜひ

→(鉄と仕事、鍛鉄、鍛造って?

結果、こういうのを作るお仕事をされているみたい。

なんというか、「あー、見たことあるー」感すごい。

↑この門とか鉄門界では前衛なんでしょうか…

 鍛冶屋スゴイ。あるいは、1/1スコープドッグやクラタス以前にも初の鉄作品であるベースギターで公募展佳作を頂いているようなので、倉田さんの鍛冶屋スキルが素晴らしいのでしょう。1/1スコープドッグやクラタスの製作工程がネットで読める(根性試しに作る。もう待てない。)けど、「めんどくさい」とか言いながらも細かいところまでしっかりとこだわり抜いているのはさすがの職人魂か。

 しかし、ですね。

 倉田光吾郎さんが、その「個性」を発揮するのはここから。

 倉田さんの職人技✕芸術魂の掛け合わせはそうとうすさまじい世界が。

 もちろん、「クラタス」を生み出したことはすごい。けど、倉田さんの芸術はそれだけに終わらない。
実は、もうひとつの顔を持っている。


Brothers Quay 1986- Street of Crocodiles – YouTube

これです。

ブラザーズ・クエイによる『ストリート・オブ・クロコダイル』。

僕も初めて知った兄弟なんですけど、マニアの間ではカルト的な人気だとか。

かれこれ10年くらい、作る作るといいつつ頓挫したものがある。
すげー有名な人形アニメがあって、”Street of Clocodeil”というんだけど、かなりショッキングだった。
俺が鉄で作ればスゲーのが出来るぜ、と思ったその頃。こんな人達に憧れていた。

この人達からしてデザインがヤバイ双子なんだけど。

彼らの人形アニメはやっぱりヤバイ凄さ。

憧れでは不十分。


「この人達からしてデザインがヤバイ双子なんだけど」って(笑)

 倉田さんは、10代の頃に、このデザインのヤバイ2人組の映像作家と出会い、その世界観に惹かれ魅せられてしまったようなんですね。『ストリート・オブ・クロコダイル』は、薄汚れた鉄の街で、鉄のネジが踊るように動き、怪しげな人形が埃をかぶり、内臓つきの懐中時計やらが登場する人形アニメーション。暗くて重い、そんな退廃的な世界だ。その世界にハマった倉田さん。「クラタス」からは想像もできないけど、「西洋鍛冶職人」の父親を持ち、子どもの頃から「鉄」に触れてきたことを考えると、妙な納得感がある。上記の鉄作品のような、カラスの不気味な鳴き声が似合いそうな門やら何やらを目にする機会はきっと多かったのでしょう。

『ストリート・オブ・クロコダイル』に影響されて作った作品たち。

憧れでは不十分。

このダークな質感。独特の世界観。

 SF作家・伊藤計劃は言う。

「ブレードランナー」が感動的なのは、決してアンドロイドが生命の意味を伝えるとかそういったことではなく、人間の肉体がひしめくストリートの膨大なディティール、セバスチャンの部屋に並ぶガラクタ、街路から出てくるスモーク、そういった小さな「部品」が凄い密度で組み合わされたその「空気」です。(中略)私はそういう感動の種類を「テクスチャーを楽しむ」と呼んでいます。何かの対象の「肌触り」を慈しむ感情。その微妙さ、きめ細かさ、それのもたらす「驚き」。「肌触り」に感動し、涙を流してくれる人がもっと増えることを切に願う。

 

 ブラザーズ・クエイが愛した「空気」や「肌触り」が『ストリート・オブ・クロコダイル』には詰まっていて、その「肌触り」に感動する人たちがいて。例えば、映画においてストーリーで感動するのも素敵なことですが、その作品に漂う「肌触り」に感動するのもまた素敵なことじゃないでしょうか。そして、その「肌触り」はとても個人的な感動であり、小さな感動なのかもしれない。倉田光吾郎さんが、「鉄」が持つ独特のダークな世界に魅了されるように。

 そして、もうそれは僕を興奮させて仕方がないのだけど、どうも「聖林館」という場所があるらしいのですよ。まあ、ピザ屋みたいですね。下の写真。

どうやら倉田光吾郎さんが設計したピザ屋らしいのですが、

そのときの指示がですね…

柿沼氏の要望では、”もう地獄みたいに、滅茶苦茶にしてください”という感じではあったのだけれども、
ちなみにデザインイメージは、精神病院。
「ピザ屋を作ると思ってほしくない、地獄みたいな倉田さんのドロドロした感じを全部出してくれ」

http://ironwork.jp/monkey_farm/seirinnknan/other2.htm

 「ちなみにデザインイメージは、精神病院」はヤバイ。なんだそりゃ?

 「倉田さんのドロドロした感じ」って、そもそもその影響って『ストリート・オブ・クロコダイル』であり、ブラザーズ・クエイなわけでしょ?そのダークな世界観がピザ屋としてこの現実世界に存在してるだと…?しかも、「どうせもう閉店しちゃってるだろうなあ」と思って調べたら、(聖林館 (セイリンカン) – 中目黒/ピザ [食べログ])まだやってる!!!これは行くしかない!!!もうむちゃくちゃだわ!(笑)

いやー…

…『クラタス』の話はどこへ(笑)

ファッションデザイナー:ココ・シャネル

ココ・シャネルについて。

ファッションブランド『CHANEL』 の生みの親・ファッションデザイナー。「リトルブラックドレス」などの洋服だけでなく、『Chanel No. 5(いわゆる、シャネルの5番)』も有名どころ。「女性の自立」の象徴として、今でもその影響力は大きい。

ココ・シャネルの名言・格言集。心を魅了する言葉 | 癒しツアー

 

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「選択」は「芸術」である。

ゆえに、ファッションも芸術たりえる。

何かを選ぶというその根拠は、その人の個性に依存している。

何を食べて、どこに住んで、何を着て、何を買うのか。

 「芸術鑑賞とは、ウィンドウショッピングのようなもの」ということを言っている方がいて、とても「なるほど」感がある。すごくわかりやすい例え。休日の午後、渋谷の街で買い物をしているところを想像してほしいのだけど、たくさんある服屋さんをフラフラと眺めて回ったとして、目にした服すべてが「これいい!ほしい!着たい!」となることは(おそらく)なくて、「お、いいな」と感じるような服は全体の中のほんの少し。芸術鑑賞(この場合は美術館での)も、いわゆる「わからない作品がある」のは当然であって、それはショッピングで自分がほしい服がないのと同じであって、それでも時々「お、いいな」と感じられる作品と出会えるあの瞬間があって。芸術(特に絵画や彫刻)に対してものすごい感動(感動して泣くとか)を求める人がいるけど、それは正直ちょっと難しい。けど、その小さな感動ともいえる、「お、いいな」と思えるあの瞬間こそが、「自分」という感性が「ここにいるよ」と小さな声でささやくようなあの瞬間こそが、感極まって泣くという大きくて激しい情動と同じくらい、あるいはそれ以上に、人生において大切な時間なのかもしれない。

 さて、話を戻すと(笑)「お、いいな」と感じた服の積み重ねが、あなたの個性となる。だから、「選択」は「芸術」なのである。「これいい、これダメ、これダサい、これ最高にクール」とかとか。僕らは今、お店で売られている服の中から好きなモノを選ぶ。しかし、この世界には時々、既存の服では満足できない人たちが現れる。そして、そういう人たちは得てして、自分にとって「お、いいな」と感じる服を自ら作って売って、それらを世界中で席巻させ、人々の価値観すらも変えてしまう、あるいは覆してしまうことがある。それが例えば、ココ・シャネルという人だった。

http://value-design.net/wordpress/wp-content/uploads/2012/01/coco3.jpg

http://ameblo.jp/marquisedepompadour/entry-11585935974.html

 映画『ココ・アヴァン・シャネル』を(オドレイ・トトゥが好きで)観て以来、彼女の湧き上がる核心とその力強い波及力に関心があった。ココ・シャネルは、SF作家・伊藤計劃が提案する「世界精神(ヴェルト・ガイスト)型」の人間である。ダークナイトの奇跡 – 伊藤計劃:第弐位相

世界に認識の変革を迫るヴィジョンを演出することで、ある事物の本質を抉り出すことそのものを目的とし、どんな現世利益的な欲も動機や目的にはしない、そんな悪役。世界を支配するのでもなく、政治的な目標を達成するのでもなく、金をもうけるのでもなく、ただある世界観を「われわれ」の世界観に暴力的に上書きする時間を演出する、それだけを目的とした悪役たち。それが「世界精神(ヴェルト・ガイスト)型」の悪役(というか、敵役、と言ったほうがいいのかもね)だ。

 

 伊藤計劃の言葉を少々僕好みに変換しているけれど(ココ・シャネルはお金儲け大好き)、それは「ただある世界観を【われわれ】の世界観に暴力的に上書きする」ような存在であり、それが「世界精神(ヴェルト・ガイスト)型」であり、僕はここに芸術家の存在を重ね合わせている。

 ココ・シャネルの世界観とは何か?それは、いわゆる「シック」とか「エレガント」とか「実用主義」とか、そういう風に言われている。あるいは、それは「女性の自立」だったのかもしれない。これらがココ・シャネルにとっての核心であり、個性だ。ココ・シャネルが生きた時代は2度の大戦を引き起こした20世紀で、生まれたのはベル・エポック(良き時代)と言われた時代のフランス。産業革命の恩恵によって経済は上向き、1900年には第5回パリ万国博覧会が開催されるなどフランスの絶頂期だった。一方で、ココ・シャネルはフランス・ソミュールの救済病院で生まれ、12歳までに母親は病死し、父親は逃げた。子供時代を孤児院で過ごしたココ・シャネル(当時はガブリエル・シャネル)は貧乏だった。18歳のときには修道会の寄宿学校に入学するが、学校では金持ちと貧乏人の格差を痛感することになる。質素な食事、暖房のない部屋、粗悪な服。「個性」というモノは、生まれてからこれまでの経験によって決まると僕は思っていて、そうであるならば、「シック」という概念に固執したココ・シャネルの個性にも納得感がある。寄宿学校で裁縫の仕事をすることで、服をつくる能力も身につけることができた。1900年代に入り、ココ・シャネルの「シック」という正義が、既存の世界を、価値観を、怒涛の大波がすべてを飲み込むがごとく侵食を開始する。

 1900年代のココ・シャネルは、昼間は裁縫の仕事をして、夜はキャバレーの歌い手として活躍していた。そこで知り合ったエティエンヌ・バルサンというお金持ちによって上級階級への仲間入りを果たす。そこでの女性たちは、豊かな胸を強調するためにウェストをコルセットで締め付け、官能的にヒップのラインを膨らませ、そしてフランスの繁栄を象徴するようなきらびやかな装飾で衣服や帽子を着飾っていた。それが正義だった。男性たちを楽しませるための存在でしかなかったとも言える。

(映画『ココ・アヴァン・シャネル』のワンシーンより)

 前時代のファッションデザイナー・ポール・ポワレのごてごてとした装飾過多に対して、ココ・シャネルは「シック」と「機能美」を追求した。(ココ・シャネルはコルセットから女性を解放したと言われるが、それはポワレの偉業とも)必要最低限の装飾が施された帽子を皮切りに、動きやすく機能的な男性服のデザインを採用したり、ゆったりとした着心地のよい服を作り出した。特に、ココ・シャネルの「リトルブラックドレス」は有名だ。

http://2.bp.blogspot.com/-xXD3peotesE/UpsFJRf0F_I/AAAAAAAACqA/14AzB_a6j-s/s1600/audleyblackdress.PNG

http://stylesweetsuperwoman.blogspot.jp/2013/12/blog-post.html

 

贅沢とは感じるべきもの byココ・シャネル

というココ・シャネルの哲学にもあるように、彼女は見た目ではなく着心地(機能美)を重視していた。また、美しさとは内側からにじみ出るものであり、そのためには精神の解放、つまりゆったりとした着心地の服を身にまとう必要があると考えていたようだ。

http://blog-imgs-12.fc2.com/t/e/n/tennoniwa/designercoco-chanel-coco-chanel-i-006.jpg

http://digniteeregance.seesaa.net/article/401276198.html

にしても、むちゃくちゃかっこいいな、ココ・シャネル。

http://1.bp.blogspot.com/-W4mKUlSlnsk/Tcjlo4yjsCI/AAAAAAABcfQ/_ybImDmpQp4/s1600/Audrey-Hepburn-little-black-dress-New-Style-of-Little-Black-Dress-for-Fashion-Trend-2011-of-Women.jpg

http://shop-matin.jugem.jp/?eid=1986

あのオードリー・ヘップバーンも。

 

 一歩間違えれば「貧乏臭い」シックを、ここまで「エレガント」に変えたのはココ・シャネルの成せる技術の賜物。今でも「CHANEL」というブランドが残っているように、ココ・シャネルの「個性」ともいえる「シック」は人々の価値観を覆し、なおかつ魅了した。これが「世界精神(ヴェルト・ガイスト)型」であり、芸術家である。自分が信じた核心を、社会との接点を持ちえるようにすること。そのためのコミュニケーションを必死に模索すること。ココ・シャネルは、豪華絢爛が良しとされる社会に対して、自分の核心のために必死になって立ち向かった。

 

「個性」と「芸術」と「ファッション」についての話で、「おっ」と思った物語をひとつ。
とある若手ファッションデザイナーと、彼のオカンのお話「絶命展、デザイナー紹介 村上亮太編」

 むちゃくちゃ素敵な話で、むちゃくちゃかっこいい。村上亮太さんの中で、悔しさのような感覚がずっとあったのかもしれない。子どもの頃の経験が「個性」に与える影響。村上亮太さんにとっての「オカンの服」と、ココ・シャネルにとっての「シック」という快感原則。オカンという大切な存在(のセンス)を、まわりの友人にバカにされてしまったという経験が、彼の個性を作った。その個性が、そのときの悔しさが、十数年越しにひとつの芸術表現にまで達する。「バカにした友人たち」という社会に対して、「オカンの服」を「それ着たい!」とまで思わせるための「どうすりゃいいんだ?」という試行錯誤。それこそが芸術である、と僕は思う。

 

 ちなみに小話として、偶然か必然か、ココ・シャネルが自分のブランドを立ち上げた頃、世界は第一次世界大戦へと突入する。第一次大戦は国力を総動員して戦う国家総力戦の始まりでもあり、フランスは豪華絢爛のベル・エポックから禁欲的な戦争時代へ移り変わった。女性も働きに出たので、装飾過多は自粛された。そこで、ココ・シャネルの「シック」が一大ブームを築き上げたとも言われている。同時におもしろいのは、千利休のわび茶である。日本版「シック」ともいえる「わび数寄」が戦国時代の日本を席巻したのは、豊臣秀吉によって南蛮好み(ド派手)を禁止されたから、という説もある。

 また、さらにおもしろいのは、第二次世界大戦のあと、クリスチャンディオールが登場し、女性らしさを強調するグラマラスなファッションを復活させ、一時代を築いたことだ。さらにいえば、わび数寄の千利休亡き後は、「織部好み」とも言われる、ユーモラスで珍妙なかたちの陶器が生まれた。「織部好み」を生み出した古田織部は、わざと器をふにゃんと、あるいはビシッと歪ませる。クリスチャンディオールも古田織部も、ココ・シャネルや千利休が世界に突き出した「質素」とは無縁だ。そういうスタイルの時代の流れもあるのかもしれない。

 

織部沓茶碗 おりべくつちゃわん 織部茶碗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織部沓茶碗http://turuta.jp/story/archives/6220
コミカルな絵柄に、ふにゃんと歪んだかたち。

黒織部茶碗 くろおりべちゃわん 織部茶碗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古田織部の黒茶碗http://turuta.jp/story/archives/6247

陶芸家:樂吉左衛門

十五代 樂吉左衛門について。

陶芸家。千利休が認めた千家十職のうち、ひとつ・樂家。その十五代目。

450年もの伝統を背負いながら、自分が理想とする“茶碗”を作り続ける。

国内外問わず、数々の賞を受賞し、展示会も開催している。

先人たちが見出した高麗井戸茶碗を筆頭とするわびの価値を…
私が無駄を排し黒くすることで至高のものにしたと自負しております。
そして今あなたが…排したはずの無駄…即ち「自慢」と「泊」を含む染付けを……
不器用な筆致にて器肌になじませ新たな風情を生み出したのです。

されど、あなたの全てがこの器に乗り移っているとは思えませぬ。
あなたは世に何を広めたいですか?創ったものにて何をなさろうとしておりますか?
それがわからずば…創造する意味などなく、人々の心を打つことはないでしょう…
己を見つめ直しなされ。見つめて削いで最後に残ったものこそ…
古織好みとして真のわび数奇が扉を開きましょう。

 

以上は、漫画『へうげもの』より。

古田織部が作った「織部好み」の陶器に対する千利休の言葉。

僕が好きなモノは、言いたいことは、もはやこの台詞に尽きる。

 

 血で血を洗う戦国時代において、わび数奇を貫いた茶人・千利休。利休が「これだ」と選んだ茶道具こそが「名品」とされた時代があり、「名品」は一国一城ほどの価値にもなった。戦国時代において、千利休の影響力がとてつもなく大きかったことは容易に知れる。その利休が選んだ名品の数々は「利休好み」とも言われた。つまり、「利休好み」とは、「わび数寄」である。『へうげもの』にも描かれているように、利休は自分の核心たる「わび数寄」を、社会に広めるために「茶の湯」という手段を用いた。それは「わびた」茶室であり、「わびた」茶碗であり、「わびた」趣向であった。妙喜庵という茶室を始めとした「利休好み」の担い手は、千家十職という茶道具のスペシャリストたち。

・奥村吉兵衛(表具師)

・黒田正玄(竹細工・柄杓師)

・土田友湖(袋師)

・永樂善五郎(土風炉・焼物師)

・樂吉左衞門(茶碗師)

・大西清右衛門(釜師)

・飛来一閑(一閑張細工師)

・中村宗哲(塗師)

・中川淨益(金もの師)

・駒沢利斎(指物師)

 

「わび数寄」とは何か。

茶室が簡素であるのには理由がある。そこが空白であることによって、最小限のしつらいで、大きなイメージをそこに呼び入れることができるのだ。たとえば、水盤に水を張って、その水面に桜の花びらを浮かせて配するだけで、主客はあたかも満開の桜の木の下に座っているかのような幻想を共有することができる。by原研哉

 

 「わび」=「装飾性(無駄)を排し、人びとの心の交流を中心とした緊張感」を目指した千利休。(茶の湯 わび茶の成立装飾過多は、物事の本質が見えづらい。利休は、その「無駄の排除」という核心を、たとえば『黒楽茶碗』に見出した。千家十職のひとつ、茶碗師・樂吉左衛門による作品であり、当時は長次郎、現在は十五代である。「装飾性を排し、人びとの心の交流を中心とした緊張感が大事だ!」と言っても、理解はできても、「いやほんと大事だよね」と納得はできない。その緊張感を納得させるには、言葉ではなく、茶の湯という空間作品が必要だったのではないか。茶室に入る前に武士の命である刀を取り上げたり、一切の無駄を排した茶道具を使ったり、そういう演出によって「あ、そういうことか」とわからせようとした。

 

黒楽茶碗 長次郎作『黒楽茶碗』 http://www.miho.or.jp/booth/html/imgbig/00000872.htm

一切の無駄を排した茶碗

 

第194回 樂家十五代 樂吉左衛門(2013年1月3日放送)| これまでの放送 | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀

 僕が「あれ?陶芸っておもしろいかも」と感じたのは、樂家十五代の話を知ってから。むちゃくちゃ素敵なこと言うてる。長次郎の『黒楽茶碗』が誕生してから450年。その長く重い伝統がある中で、自分にとっての理想に挑み続けている。

「土のままでいいじゃんかっていう話ですよね。でもやっぱりそこにどうしても自分が『黒くしたい』という強い意志が、自分の表現がやっぱりあるんですよね。だから表現というものに関わっている限り、『自己』っていうのは手放せないし、自然と一体になるといっても距離がある。by十五代 樂吉左衛門

 

理想の形はある。それをカタチにしたいという想いも。

 自分の核心がまずあって、たとえそれが社会との接点を持ちえることが難しいとしても、それでもどうにかして自分の核心を実現しようと必死な「ヒーロー」がここにもいる。ヒーローたちが必死に対抗するのは、このどうしようもない現実世界である。理想の茶碗と現実の茶碗の差異を、土を練り手びねりし釜で焼き上げることによって埋めようとする。それが陶芸という芸術だ。

 陶芸のおもしろさは、釜で焼くという工程にある。つまり、自分にとって「これだ!」という造形を、試行錯誤の末に作り上げたとしても、最後にもういちどだけ、偶然に満ちた「自然」に、自分の核心たる作品を委ねるということだ。理想のカタチを理性の力で実現する。それが絵画であり、彫刻であり、芸術である。陶芸は、理性によって「これだ!」という造形を生み出したあと、釜にいれて焼く。釜の中で赤々と燃え上がる「火」はコントロールできないので、焦げ付きや歪みなどの焼き上がりは予測不可能。釜の中で火がどういう動きをするのかわからないからだ。ああでもないこうでもないと悩み苦しみ、どうすりゃいいんだと絶望し、それでもどうにかして作り出した芸術を、最後の最後で「偶然」に委ねるという行為。なんとも言えない切なさと遊び心がここに存在する。

 芸術とは、自然の脅威などの予測不可能性に対するひとつの救いだった。絵画や彫刻は、宗教や儀式から派生しているし、その宗教や儀式は予測不可能な現実から解放されるために生まれた。この世界は見えない力にコントロールされている。つまり、津波は突然、人々を襲うのだ。そういう偶然という恐怖から逃れるために、偶然性を排除してコントロールするために、家畜や農業を発展させ、巨大な都市を構築し、科学を追い求めてきた。今も昔も、自然(=偶然)は、人類にとって恐怖でしかない。

 

しかし、陶芸は違う。

最後にもういちどだけ、この理不尽で残酷な偶然世界に、自分の作品を委ねる。

 偶然は、時に美しい。自然界に同じモノ・同じ瞬間は存在しないからだ。その一瞬一瞬で、変化し続ける。その切なさ、儚さ。まさに一期一会。もちろん、いつ行っても同じ光景が広がる都市は安全だ。いつ計算しても同じ結果の出る数式は便利だ。しかし、一度として同じ瞬間のない偶然世界は、いつまでも見ていたいと、ずっとこの時間が続けばいいのにと、そう感じさせてくれるほどに切なくて美しい。その美しい刹那を、その偶然の一瞬を、時に理不尽な偶然に、最後にもういちどだけ共存しようと歩み寄ることこそが、陶芸なり。偉大な自然がもつ美しさ。それが陶芸の魅力だ。

 

本阿弥光悦『黒楽茶碗 村雲』(http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/rakuyaki/rakuyaki.htm

十五代 吉左衛門『焼貫黒楽茶碗 天阿』http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/rakuyaki/rakuyaki.htm

十五代の黒楽茶碗…

めちゃくちゃモダンだ。

伝統を(例えば、本阿弥光悦の『黒楽茶碗 村雲』)重んじる一方で、

“イマドキ風”な前衛的なデザインを実現しているのはすごい。

『nana』Founder/CEO:文原明臣

文原明臣について。

『nana』Founder/CEO。

誰でも簡単に「世界中の人々とWe are the worldを歌えるようにする」というビジョンを、iPhoneアプリというテクノロジーによって実現させようとしている。そうして誕生したのが「nana」というアプリ。


Let’s sing “We Are The World”!! | nana (social music collaboration app) – iPhone App

 

 「芸術」とは、「あなたは誰ですか?」という問いに対する答えに近い。

 つまり、それは個性であり、生まれてからこれまで「あなた」が経験してきたこと。現代アートのひとつの流れとして、表現手段が絵画や彫刻以外も受け入れられ、「ナンデモアリ」になった昨今。こんな時代だからこそ、僕にとっては、絵描きも漫画家も建築家もファッションデザイナーも陶芸家も、あるいはプログラマーだって芸術家になり得ると信じている。「あなたは誰ですか?」という問いに対する真摯な態度さえあれば。(※文原明臣さんはプログラマーじゃないけど)

 だから、学生時代から歌が好きだった文原明臣さんが、「世界中の人々とWe are the worldを歌えるようにする」というイメージを持つことは、むちゃくちゃ必然的というか、納得感がある。まず第一にその欲求があって、その欲求をカタチにするための手段としてプログラミングがあった。インターネットがあった。テクノロジーがあった。

 たとえば、無線配車手配マニアだったジャック・ドーシーがtwitterを創業した、みたいな物語はむちゃくちゃおもしろいわけじゃないですか。(無線配車手配マニアとは、世の中を飛び交っている無線の声をキャッチして、街中で何が起きているか?を知ることを楽しむ人のこと。無線は、救急車や消防車、宅配業者に至るまで多くの人たちが利用している)マーク・ザッカーバーグは、女の子の写真を必然的に集めるためのシステムとしてfacebookを立ち上げたというのは有名な話だけど、たとえば名刺屋の息子が開発した名刺管理アプリとかあったらね、もう、物語として素晴らしいわけです。

 引き篭もりのオタクが渾身の想いでカタチにするクローズドなソーシャルメディアがあったら素敵だし、名刺屋の息子が起死回生の一撃で開発する名刺管理アプリがあったら素敵だし、歌が好きな人が「世界中の人々とWe are the worldを歌えるようにしたい」という想いで始めた「nana」というアプリも素敵なんだ。

 

nanaはiPhoneだけで歌声を録音・共有し・コラボを楽しむことができる、無料の音楽サービスです。
iPhoneマイクを使って歌や音声をどこでも録音し、エフェクトもかけてnanaで共有すること、フォローしている人達の共有サウンドを聴いたり、拍手やコメント機能でコミュニケーションできること、そして気に入ったサウンドとハモったり、合唱したり、楽器音を入れるなどのコラボレーションをすることができます。

nana-music Product Info | プロダクト情報

イメージの源は、

2010年ハイチ大地震復興のためのWe Are The World 25 for Haiti』。


We Are The World 25 For Haiti – Official Video …

 

 世界中の人たちで平和を歌うためのテクノロジーだなんて素敵だ。

 「歌を共有すること」はいろんな人がいろんなサービスを出してるけど、「歌うことを共有すること」はサービスとしてそんなにない。自分が歌った曲に、他人が(しかも、見知らずの!)歌を合わせてくるなんて、歌うのが好きな人からしたらとてつもない快感だろうなあ。僕は歌うことをあまりしないけれど、例えば、ライブハウスで見ず知らずの人たちと盛り上がるみたいなものかな、と想像する。しかも、好きなアーティストの音楽で、だ。そこに会話なんてないんだけど、でもそれはきっと「言葉なんて必要ないよ!」ってくらいの一体感だし、だからこそ世界中の人たちと、違う言葉を話す人たちと、心の底から大好きな曲を歌えるし、大好きな「歌う」という楽しさを共有できる。ビートルズのような圧倒的なアーティストが平和を歌い、それを大勢の人たちが国境を越えて聴く時代は20世紀で過ぎ去り、21世紀は大勢の人たちが国境を越えて平和を歌い合う時代なわけだ。元々、『サマーウォーズ』や『攻殻機動隊』のようなSFが好きだったという文原明臣さんらしく、その思い描く未来像はインターネット以前では想像もつかないようなモノだ。それを実現しちゃう「nana」というアプリは、数ある音楽アプリの中でも素晴らしく異質だし、その未来像に酔いしれるコアなファンは多いみたい。

 一方で、ひとつの自分の核心をカタチにするためには、それなりの努力やスキルがやっぱり必要で。プログラミングによってサービスをカタチにすることやそれをビジネスとして成立させることなど、やらなきゃいけないことはたくさんあるに違いない。「サービスをカタチにする」と一言でいっても、ユーザーにとって使い勝手のよいデザインの追求であったり、重さやバグの回避など様々。「歌う」ことを大事にする「nana」は、録音するときのデザインがマイク!さすが!

 

 「歌う」という言葉の印象が持っている、その切なさは一体なんだ。それを共有するだと?むちゃくちゃ美しいじゃないか。「歌う」ことはもうずっと昔から、 それもきっと人類が言葉を持つ以前から行われていた。原始時代から。それはたしかだ。だけど、日常生活において「歌う」必要性は、実は、それほどないのである。それでも、人は 「歌いたい!」と願う。人々が歌うのは、叶わぬ恋だったり自分の弱さだったり、世界に対する希望だったりする。この儚さたるや。喉を潰しながらも世界に何かを残そうとする必死な歌声も、涼しげでゆったりとした風にさえもかき消されてしまうような小さな歌声も、偶然出会った見ず知らずの人たちと肩を組んでみんなで歌う歌声も、どれにしたって「歌う」ということは美しい。それを共有するアプリ「nana」が、美しくないわけがない。

漫画家:市川春子

市川春子について。

漫画家。2006年にアフタヌーン四季賞の四季大賞を受賞してデビュー。
その後、単行本『虫と歌』(手塚治虫文化賞新生賞受賞)『25時のバカンス』などを出して、『宝石の国』という長期連載をスタート。

宝石の国(1) (アフタヌーンKC)
市川 春子
講談社 (2013-07-23)


漫画家・浦沢直樹がとある対談で語っていた漫画を描くことのイメージが素敵だった。それは「水を両手で掬って(スクって)、それが溢れないように運ぶ」というひとつのイメージ。これは、浦沢直樹の脳内に思い浮かんだ光景(イメージ)を 他者に伝えるときの喩え話。相手に伝えることで、こぼれ落ちてしまう大事なモノたち。共有できないモノ。それでも伝えたい「何か」。僕が(広い意味での) 芸術家たちを尊敬するのは、彼らを「かっこいい」と思うのは、たとえ伝わらないとしてもそれでもどうにかして伝えたい!と必死になるほどの信念や美学を持っているところ。そして、絵を描き、音を鳴らし、詩を歌い、映像を撮り、試行錯誤を繰り返して、どうにかして“自分”という核心を、人々に、この世界に、発信しようと努力をしているところ。それは世界と自分との間にあるギャップ(差異)を埋めるためのコミュニケーション。

 近頃、チャリ漫画『弱虫ペダル』だったり落語漫画『昭和元禄落語心中』だったりと、マイナーな分野を漫画にして、そしてこれがなかなかおもしろいと思える作品が増えていたりと、なんだかマンガ業界がにわかに(僕の中で)盛り上がっている。その中でも、『虫の歌』『宝石の国』の作者・市川春子さんを紹介したい。不思議な感覚というか、素敵な興味関心を持っている漫画家さんで、それに対して自覚的であり、その不思議な感覚を上手く「漫画」によって作品にしている。市川春子の作品『虫と歌』『25時のバカンス』『宝石の国』では、「虫」「海の生物」「宝石」が作品の中で描かれている。それらは擬人化であったり、「人じゃないモノ」と人との交流であったり、取り込み方は様々。

 

水の石で、「水石」です。床の間とか、家の庭によく石が置いてあるじゃないですか。あれって石を山に見立てたり、滝に見立てたりしているんです。美しい曲線を描く石を探してきて、野ざらしにしてときどき水をかけたりしていると、ちょっと表面の色が変化して、こなれてくる。それを見ながらいろいろ妄想するという、おそろしい世界です。(中略)とりあえず、川で拾った石を育てるようなことを始めたところです。今私の手元にあるのはこれくらいですね(10センチ四方くらいに手を広げて)。ルールがあって、石に加工しちゃいけないんですよ。拾ってきた石を見て、ただひたすら妄想するんです。この石が世界だったら、私はここら辺に住む……とか。by市川春子

 

 たとえば、上の引用のような言葉。「水石」という遊び。茶の湯のように(というか、そのまんま?)想像力を遊ばせる楽しみ方があるようなのだけど、その「石」に対する感覚と、市川春子が漫画の中で描く虫や海の生物、鉱物などに向ける眼差し(物事の捉え方)がとても似ていて、「ああ、この人の興味関心は、ここだったんだ」と妙な納得感があった。

 

まず、みんながみんな鉱物に興味があるわけではないということは私もわかっていまして(笑)。by市川春子

 

 一方で、多くの人にとって、「鉱物」に対する興味ってそんなに高くない。もっと言っちゃえば、社会にとって、市川春子さんが『虫と歌』や『25時のバカンス』で描いた虫や海の生物などの「人じゃないモノ」への興味、もっともっと言っちゃえば、市川春子さんがそういうモノに向ける眼差しについてなんてもうまったく興味がないわけです。それでも、『虫の歌』は受賞を果たした。「漫画」という方法を使って。

 自分にとっての「核心」たる興味関心や好き嫌いを、社会との接点を持ちえるようにする手段として、「漫画」っておもしろい。なぜなら、自分の核心を表現する上で、「漫画」は、物語としてのおもしろさ(ストーリー)と、絵としての上手さ(ヴィジュアル)の2つが必要だから(アニメはここに音(サウンド)が加わるので、それもそれで魅力的)おもしろいあるいは感動的なストーリーじゃないと他人は読まないし、下手な絵や構図だと上手く物語の様子を伝えられないし見向きもされないから、そこには努力が必要で。例えば、『宝石の国』だったら、鉱物の特徴を、登場人物の性格と連動させる。そして、その登場人物たちによる手に汗握る戦闘シーンや人間関係(普遍的なテーマ)によって人々を惹き寄せる。結果として、市川春子さんの興味関心=鉱物が、社会との接点を持つことができた。 

 

市川春子『宝石の国』 元ネタ宝石一覧

 

 つまり、市川春子さんは『虫と歌』でも『25時のバカンス』でも『宝石の国』でも、ストーリーとして、親子愛や兄弟愛などの「自分とあなた」を描く。これは普遍的なテーマだし誰にとっても感じ得るテーマだから、どうしたって社会との接点を持ちえる。その上で、ストーリーの軸として、虫や海の生物などの「人じゃないモノ」の擬人化が登場する。それは「子どもの頃から虫とか好きだった」と語る市川春子さんらしさがにじみ出る素敵なチョイスだし、それによって、「他人とのディスコミュニケーション」をイメージさせるのはものすごくトリッキー。好きなモノ(自分の核心)を、人々の興味を引くための手段として作品と連動させたのが、すごく上手いし、表現として素晴らしいし、単純にすごいし、(芸術というモノは)そうであってほしい。

 

 市川春子さんの漫画のオススメポイントは、ところところで登場するやたらめったら詳しい虫や海の生物などに関する解説。この解説に、虫や海の生物に対するむちゃくちゃな愛を感じるのです。カミキリムシの擬人化くんが寝ている様子を描いて「花が好物なのに夜行性…設計ミスだろ」という台詞を言わせるシーンや、「確かに」という言葉を喋ったカミキリムシに対して登場人物が感動して涙を流し、「それはオーバーなんじゃないのー?」と言われ、「だって形容動詞だぜ!?」と言わせるシーンなど、「いや、知らねえよ(笑)」と思うんだけど(形容動詞を喋ることが嬉し泣くほどなんて知らねえよの意)、そこにむちゃくちゃなこだわりというか、愛を感じるわけで、「何かに対して強い興味関心や好き嫌いを抱くヒトやコト」への僕の個人的な快感原則があるわけです。何言うてるかわからんけどすっごくこだわってることだけは伝わってきた感、が僕は大好き。

 

 ちなみに「日下兄妹」という『虫と歌』に収録されてる話が、むちゃくちゃ集大成感ある。ネタバレするとアレなんで詳しく書けないですけど、「ヒトじゃないモノ」に対する市川春子さんの眼差しやストーリーとしての兄弟愛(他人愛?)、そしておそらく人体へのフェティシズム等々、市川春子好み全開。「わからないことが一番好き」という市川春子さんの「好き」が、さまざまに散りばめられて、漫画ならではの手法「何も言わずに絵で語る」ことによって、むちゃくちゃ切なくも美しい話になっている。

 市川春子さんは素敵な芸術家だ。

 

知ってるか
この宇宙の中で人間に見えてる物質は わずか5%で
残りの23%は光を作らず反射もしない物質で
あとの72%はもっと得体の知れないものだって
だから 世界の95%はわかってないんだと

(『虫と歌』収録「日下兄妹」より)

 

“はかりしれないほどの光”でも、すべては救えない|イマ輝いているひと、市川春子「ダイヤの一億年を考えながら、人間の秘密を探してる」|市川春子|cakes(ケイクス)
市川春子Vol.2 漫画を描くことで人間の秘密をつかみたい | dメニュー エンタメウィーク

コーデノロジスト:荒川修作

荒川修作について。

芸術家、建築家、あるいはそれらを統合した「コーデノロジスト」。

荒川修作は『天命反転』というキャッチフレーズを掲げて、「死なないこと」の実現を、あるいは「人間はいつか死ぬ」という常識を反転させよう(=克服しよう)とした。

荒川修作の核心を、頭の中にある核心を、この現実に生み出した結果として、

『遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体』

『養老天命反転地』

『三鷹天命反転住宅』が誕生した。

 

・遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体

http://www.kyoto-np.co.jp/kp/newfun/contents/sun/art_newworld/img/art14-03.jpg

http://www.kyoto-np.co.jp/kp/newfun/contents/sun/art_newworld/art14-03.html

養老天命反転地

http://hakubutu.la.coocan.jp/wp-content/uploads/2008/12/youro1.jpg

http://www.realpoint.co.jp/robita-shop/blog-hiroo/?p=2582

・三鷹天命反転住宅

http://pds.exblog.jp/pds/1/200512/18/57/b0015157_2328510.jpg

http://tokyomachi.exblog.jp/3922081

 

スケールがすごい。あと、ものすごいワクワク感もある。ひとりの人間の妄想ともいえるようなアイデアが、これほどのスケールとワクワク感のある「モノ」を作り出した。しかも、その出発点が「死」であるという奇妙なねじれ。「こうなんじゃないか?」という核心が現実を侵食するというイメージ。

 

①「天命を反転させる」という核心はどこから来たのか?

 芸術家は(そして、人間なら誰でも)自分にとっての興味関心・好き嫌いや問題意識があると思うのだけど、荒川修作にとってはこの『天命反転』というフレーズこそが、その興味関心(つまり快感原則=核心)だった。荒川修作は幼少の頃から、手術のお手伝いをするほどお医者さんと交流があったようなので、「人の命を救う」という意識はずっとあったのかもしれない。あるいは、10代の頃に「お前は肺結核だ。あと半年も持たない」と宣告されたこともあって(誤診)、死への対抗意識みたいなモノが徐々に芽生えていた可能性もある。僕としては、荒川修作は究極的なあまのじゃくで、とりあえずなんでも否定したい人だったんじゃないかな、という物語が好き。とりあえず、荒川修作の『天命反転』に対する興味関心は、子どもの頃からずっとあったのでしょう。

 

②さて、「どうやって天命を反転させるのか?」

 「死」をどうやって克服するのか?もっと言えば、永遠に生きるためにはどうすればいいのか?ということを必死に考える。荒川修作は、そこで「人間の身体→建築」を使えば可能性があるんじゃないか?という結論に至る。そう考えた理由はいくつかあると思うんだけど、大きくわけて2つほど(あくまでも僕の想像ですが)。

 1970年代に、生まれたての赤ちゃんを10年間研究していたことがそのひとつ。荒川修作は、いわゆる「自我」と言われるもの、人間の人格形成は外的環境からの影響が大きいことに気付いた。このあたりは少し専門的な話になってしまうので「ちゃんと勉強しないといけないなあ」と思うんだけど、赤ちゃんは自分と他者(あるいは、机とか床とかも)をからだを動かすことで認識する。手を動かしても床が動かなかったら「あ、これ(床)は俺じゃねえのか」と理解する。人間は成長していく上で、無意識のうちに外的環境から得た情報によって人格を形成していく。さらにいえば、人格とは脳であり、脳にとっての外的環境はからだをも含むことになる。このような経験を通じて、荒川は身体・建築(外的環境)に興味を移していく。

 そして、もうひとつの理由としては、西洋美術に精通していたこと。元々、幼少の頃から(上記のお医者さんの命令で)デッサンをしていた荒川は、お医者さんの奥さんが美術家だったことや「お前絵が上手いから絵描きになれ」とか言われて育ったことから、自然と美術の道へ進んでいた。この頃の荒川にとって、自分の核心を現実に落とし込む手段は、絵画や彫刻などの美術だったわけである。こういうのとか。

・『抗生物質と子音にはさまれたアインシュタイン』

http://artnewsgau.exblog.jp/7281737

 だけど、そのうち、荒川は美術(絵画とか彫刻とか)をやめる。

 絵画や彫刻などの芸術は、結局、フィクションだからだ。

 

考えてもみろ。あのレオナルド(ダ・ヴィンチ)がどんなに素晴らしい絵を描いたって、指一本入れられないだろ。だからフィクションだな。そうすると信じるか信じないかという信仰の問題になる。by荒川修作

 

「あの人すごいキレイ。だけど私大嫌い」って人いるだろ。あれは何を言おうとしているか。そんなに美しかったら好きになればいいだろ。だけど好きになれない。そういうことは前からあったんだ。だけど前はそれを否定していたんだ 。美学をつくられたということは、制度を、ものさしを作られたということだ。それによってどのくらいこれは素晴らしいかということが決められる。そのために心とか魂って最高峰の言葉がどうしても必要だった。レオナルド ・ダヴィンチがどうして素晴らしい絵描きかというと、「人間の心をそのまま写しだした絵を描いた。モナリザを見てみろ。自分の夢の中にいるようだ」とかなんとか言うだろ。そういう制度になっている。催眠術にかけるんだ。それでみんな「あーなるほど。それでいいんだな。それでこんなに高いんだな 」と思うわけだ。by荒川修作

 

 欧米人は制度を作るのが得意だ。言葉によって世界を規定する。芸術も、西洋美術史のひとつの流れによって制度になった。美学という言葉によって、「美しさ」にルール(=制度)を作った。しかし、どんなにルール上は高得点でも、あなたにとって美しくなければ美しくないのだ。芸術は心の感動によって生まれるモノだと思うけれど、「これはこれこれこういう理由で素晴らしい」という”言葉”を重要視する作品が多くなった。

 その結果、「アートは難しい」「アートはわからない」となる。感性と理性があるとすれば、理性重視。「そのアイデアはおもしろいね」「その発想はなかった」と、他者を唸らせるようなアイデアを元にして何かを作ること。そういった言葉によるアートをコンセプチュアル・アートというのだけど、そのアイデアがわかればおもしろい。たとえば、ジョセフ・コスースというアーティストの『One and Three Chairs』。つまり、この作品が意味していることをすぐに理解することができたら、アート鑑賞に多くの人が求めるような「観たときに感動」することができるはず。このブログhttp://pinkblack.exblog.jp/7773056の解説(?)が、コンセプチュアル・アートの説明としてわかりやすい。いろんな意味で。なんというか、認識論とか存在論とかについていつも必死に考えている人がいて、その人が『One and Three Chairs』を見たら、「なるほど。上手いね」って思えるんじゃないかな。西洋人が好む芸術(=現代アート)のひとつの側面を大雑把に説明すると、だいたいこういう感じ。

http://pinkblack.exblog.jp/7773056

 

 つまり、外的環境をコントロールして、より生きやすい環境(建築)を作ること。同時に、言語(意識)に重点を置く(西洋的な)アート・システムを壊すための、からだ(無意識)に重点を置いた「芸術」(=建築)を作ること。これが、荒川修作にとっての芸術であり、彼の核心だった。

 

建築とは、「ワタクシ」とpronunce(宣言する)したときに浮かび上がってくるモノ。それをなんとか外側に作り上げること。構築すること。そして、その使用も考える。それは建物とは違う。by荒川修作

 

 この荒川修作の発言はおもしろいなーと思っていて、僕が考える「芸術」はずっと結局フィクションだったわけだけど、そのフィクションを他者が利用するところまで想定するべきだ、というデザインのような概念(=建築)を導入している。フィクションに他者(のからだ)が介入した途端、それはフィクションではなくリアルとなる。そして、からだ(あるいは五感)と相性がよいのが「建築」。ざっくり言えば、指一本はいらないレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画に対して、建築は人間のからだがまるごとそのまま入り込む。

 ここで、ようやく、荒川は「天命」を反転させることになる。『遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体』『養老天命反転地』『三鷹天命反転住宅』を作ることによって。まず、西欧的なアートという常識に対する反転が存在する。(実は、「人間は誰しも死ぬ」という“常識”の反転こそが荒川修作の目的だったのではないか)西欧人は元々、身体を軽視する傾向にある。そこに、「身体こそ大事だ」という概念をぶつけて、さらに、建築という美術館(西欧的アート鑑賞法)に収まらない芸術をぶつけた。

 そして、もうひとつの反転は、外的環境をコントロールすれば「死なない人間」も現れるんじゃないか?という「天命」への反転である。つまり、人間が死なない(少なくとも、より長生きできる)ような外的環境の条件が実はあるんだけど、それに僕たちはまだ気付いていない(のかもしれない)。その条件を探しだして、その「死なない」条件にそって生活空間(外的環境)をコントロールすれば、「天命」を反転できるのではないか?という実験である。荒川修作がその実験で重視したのが、「からだ」だった。西洋第一主義のなかで忘れてしまった「からだ」の大切さ。からだは正直者で、理屈では理解していても嫌なモノは嫌だと叫ぶ。意識では捉えきれないストレスが蓄積すると身体が壊れる。気がつけば顔にニキビできていたり。だから、僕ら人間は、「からだ」を持っていると改めて理解することが大切だ。たとえば、『三鷹天命反転住宅』の床はデコボコしていて、正座するのも一苦労だった。ふだんは“座る”ことを意識しない(お尻のどこどこに体重をどれだけかければ安定するか?など)けど、『三鷹天命反転住宅』の床はむちゃくちゃ意識させられた。そういったトラップのような仕掛けが、荒川修作の建築には散りばめられている。

 

たくさんの無名の現象がぐるぐるあってそれが環境を作っている。いろいろな現象をどれくらい積み上げたら、どれくらい構築したら、一体人間は死ななくなるのか、ということをやろうとしているんだ。by荒川修作

 

 荒川修作は人生をかけて天命を反転させようと奮闘したわけだし、人類の極限に挑戦しているかのようにも思えるけど、「やっぱり芸術家は考えてることが他の人とは違うね」とは思ってほしくない。荒川修作はたまたま「死」というモノに向かったけど、何に興味が向くか?ということは、僕はピーマンが嫌いだけど、あなたはピーマンが好きなんだね、ぐらいの差異でしかない。好みの問題だ。芸術の「美しさ」はあなた自身が決める(感じる)ということ(それを、荒川修作は伝えようとした)。芸術や美術は、いつしかルールによって、その美しさを決められちゃったけど、自分が美しいと感じるモノを、自分が美しいと感じる手段で表現すればいいだけ。その結果として、ワクワクするような、子ども心くすぐるような、3つの空間(公園であり住宅であり)を表現した荒川修作がすごく好きだ。「どうすりゃ人は死ななくなるんだ?」と必死になって考えて悩んで、その頭のなかの「何か」を、社会との接点を持ちえるようにした表現が、荒川にとっては「建築」という手段だったということ。

 


映画『死なない子供、荒川修作』予告編 – YouTube

そして、2010年に、永眠。